徳島新聞 2026年7月18日
 

1948年に現在の再審法(刑事訴訟法)が制定されて以来、再審法関連規定の改正は初めてだそうだ。
今回成立した再審法。様々に不十分であり、到底納得の行くものではない、が、しかし、闘いが無ければ、もっとひどい改悪がされただろう。私自身は、昨年3月、夫、石川一雄が急逝したあと、1年近く、絶望の中にいた。そのころ再審法改正の大きな運動の高まりがあった。マスコミ、心ある国会議員、そして、「一日も早いえん罪被害者救済のための再審法にするために闘う」と支援者(個人、団体)が結束し、毎日のように国会前で「ノーモアえん罪 えん罪被害者に寄り添った再審法改正を」とアピールし続け、衆議院・参議院の法務委員会の傍聴にも駆けつけた。私自身も制限のない証拠開示や、検察の抗告禁止を求めて訴え続けてきた。79歳の私にとって、検察の抗告が温存されている限り、生きてえん罪を晴らすことは厳しいとの思いでいた。「何としても一雄の見えない手錠をはずしたい」その一念が私を突き動かしてきた。「検察の抗告は原則禁止」となった。
7月16日、参議院法務委員会での傍聴、昼は参議院会館前でアピール。そこに大きな幟があった。埼玉のNさんが急遽作ってくださった。「えん罪被害者遺族 第4次狭山再審請求人 石川早智子」と書かれ、一雄と一緒にいる写真があった。越谷のMさんがずっと幟を持ってくださっていた。ただただ感動と、感謝でいっぱいだった。

闘いの中で希望も見いだせ、戦いの中で連帯も生まれる
改正された再審法は不十分であっても、闘いの過程のなかで、私は希望も光も見た
これからがスタートだ