近  況  2026年4月26日  大会(25日)と23デー情宣

 2026年4月25日、部落解放同盟女性部第52回定期大会が熊谷で開かれた。10時から受付だったので早めの7時39分の電車に乗り、会場に着いたのは9時半ごろ。約2時間。車だと1時間余りで着く。電車は大変だと実感。
埼玉婦人水平社が結成されて102年目だそうだ。長い苦闘と感動、希望の闘いの歴史が刻まれている。狭山事件発生の地元でもあり、これまで私たちは温かい支援を頂いてきた。
2004年12月19日、県連主催で「石川一雄さん仮出獄10年!狭山再審闘争勝利!団結餅つき大会」が開かれたが、その時、一雄は習い始めのギターで、「悲しい酒」「差別裁判打ちこだこう」を弾いた。彼の下手なギターに合わせ、女性部の皆さんが手をたたき、ギターに合わせ歌ってくれた。一雄はとても幸せでうれしそうで満面の笑顔だった。その時の写真を持って行った。私が一番好きな写真だ。この時に詠んだ歌が
人の世に触れて冀望(きぼう)の10年も浦島太郎は未だ自由なき」だった。
1994年12月21日、仮出獄の時に詠んだ歌が
冤罪の受刑生活解かれども故郷に立ちて吾は浦島
への返歌なのだろう。何につけても思い出すことばかりだ。

 2026年4月23日、「狭山事件を考える入間住民の会」主催のスタンディング。川越駅と狭山市駅の交互で毎月23日、10時から続けられている。たくさんの幟旗や、ボード、署名版を置いた机、などなど、毎回だんだん賑やかになっている。最近はギターや、リコーダーなど弾いたり歌ったり。この日は、Nさんがリコーダーを吹き、それに合わせて、Dさんが「差別裁判打ちくだこう」を歌った。

    

チラシを受け取って通り過ぎた人が引き返し、署名してくれたり、署名してくれて通り過ぎた人が引き返し、カンパしてくれたり。署名を頂くのは、なかなかハードルが高い。自分の名前、住所を書く。それでも署名をしてくださる人がいる。この日は17人のメンバーが参加。全国各地で繰り広げられている23日の狭山情宣行動。皆さんの地道であきらめない長い闘いが狭山を支えている。
63年目の狭山闘争。石川一雄のいない狭山闘争。それでも熱く闘われ続けている。

 再審法が今熱い。最近はテレビや新聞で毎日のように報道されている。これまでになかったことだ。再審法の改悪を狙っている法務省は、マスコミや、心ある自民党の議員にまで批判され、また、市民の改悪反対の声に、「原則として、検察の抗告は禁止」との譲歩案を出しているようだ。どこまで不正義を貫くのか。どこまで抵抗するのか。どこまでえん罪被害者・家族を苦しませ続けるのか。「原則」はいらない。「検察の抗告は禁止」のみ。

 4月25日、埼玉県連女性部大会から帰り、5時ごろ、テレビの番組を眺めていたらTBSテレビ・17時30分から「報道特集」で「再審制度検察の抗告全面禁止は紛糾する見直し議論」とのタイトルが飛び込んだ。中身はわからなかったが、急いで10人ほどにメールで知らせた。知っている人もいた。5時45分から6時10分頃まで、中身の濃い報道だった。現在の再審法、また法務省の進めている再審法では私が生きて冤罪を晴らすのは難しいと、これまで絶望感や、怒り、悲しみがあったが、光が見えた。力がわいてきた。一雄、再審法に光がさしているよ.風が吹いているよ。まだまだ厳しい状況なのに、なぜか涙がこぼれた。

 4月18日、滋賀のよっちゃんから署名が届いた。N・邦子さんから送って頂いた署名だそうだ。
 4月18日、再審法の渋谷アクションの時、育子さんから署名を頂いた。
心がぽかぽかし、力がわいてくる。

 2024年4月、一雄と一緒にイチジクの木を植えた。その時は、親指位の一本の棒だった。
「来年生ったらいいね」と楽しみにしていた。2024年5月には葉っぱが出てきた。
2025年8月頃には15個位の実がなった。イチジクが好きだった一雄。一雄に見せたかった。
今日2026年4月26日、イチジクの実が15個位ついていた。今年は実がつくのが早い。
毎日イチジクを見ている。

       
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